講演会レポート
<会誌
花折断層と京都の文化財

京都大学大学院工学研究科教授
地震火災から文化財を守る協議会委員

上高野北田町在住  土 岐 憲 三 氏
平成12年9月2日(土) 収録 要旨
於:上高野小学校 ふれあいサロン

 上高野の自然と文化を学ぶ同史会、第一回の講演会にお招きいただき、大変光栄に存じています。
 タイトルが「花折断層と京都の文化財」ということですが、両者は全く関係なく、別のテーマでありますが、それについては追々説明させていただきます。特に後半の「京都の文化財」については、地震に関する講演をと頼まれたときには、何処に行ってもこれを話すことにきめており、ハワイの国際会議においても「京都の文化財」について話をしてきました。
 私は、地震工学の分野を専攻しております。5年程前に、神戸で地震がありましたが、それ以降、この様な話しをさせていただく機会が多くあり、神戸の震災以降の15ヵ月では、延べ60回講演させていただきました。
 昨日は防災の日であり、国土庁は全国の、どこかの都市で催しをしているはずです。こういうことをしても、以前は誰も聞いてくれなっかたのが本当のところです。神戸の震災の3、4年程前のことですが、たまたま私に神戸で地震の話をせよということになりました。何もしなかったら誰も聞きに来ない、特に関西、神戸ではあまり地震が起っていないので誰も来ません。そこで国土庁が考えたことは、客寄せをしなければならないということで、私の相方は漫才の「京唄子」さんにしようということになりました。「京唄子」来る、ということで客寄せをし、しゃべってもらい、そして本題の地震の件で、私が喋るという仕掛けをしておかなければ人が集まらなかったのです。
 しかし今日はどうですか、こんなに人が集まってきてくれて驚いています。

地震に対する誤解
 1時間半程度の時間をいただいておりますので、まずは地震一般について話させていただきます。
 まず、地震の何が怖いのかと言うことを最初に申し上げ、それから人々は地震について誤解しておられるのではないかということを申し上げたいのです。何が誤解なのかについて一つ一つ話していきたいと思います。それから花折断層については、上高野の人々は地元の地元ですので、花折断層のことは京都の誰よりも切実な問題であります。 そして、最後は文化財を地震火災から守るにはどうしたらよいか、についてお時間を頂きたいと思っています。タイトルは文化財うんぬんとなっていますが、ほんとうは文化財を地震火災から守ろうという内容です。
 
神戸の震災では、6千数百名の方がなくなられましたが、私に言わせれば不幸中の幸いだった、考えられる一番少ない数だろうと思われます。もう数時間遅かったら新幹線に限らず、いろんなところで人が集まっているので、家が倒れたり、橋が落ちたりして、もっと被害が大きかったのではないかと思います。

 金額的には全部で10兆円程の損害がありましたが、ご存知のように国家予算が80兆円ですから、その8分の1を10秒ぐらいの間に失った事になります。あとで地震の何が怖いのかということを話しますが、10秒間で、ということが怖いところなのです。 

地震は突然起こる

 地震の怖いところは突如として起ることです。風水害の場合は何時間前とか、少なくとも1日から2日前には分かりますが、地震の場合は突如としてやってくるのが怖いのです。 怖いと言ってもこれは心理的なものなのです。皆さん方は寝ているときに地震が起ればこの揺れがどれだけ続くのか、どれだけ大きいのか見当がつきません。だから不安がつのるのです。
 地震の勉強している者にとっては揺れ方によって見当がつくので、驚くことはない、あるいは大変だという大体の見当がつきます。少なくとも、昔の人は地震がどういうものかを知らなかったのですから、寝ている時に「がさっ」ときたなら、逃げるところがない、鳥にでもならなければ逃げるところがないのですから、怖かっただろうと思います。
 今の
人は地震とは何かということを知っていますので、地震が怖いというのは、心理的な怖さのことを指していると思われますが、私の考えでは、本当の地震の怖さは、めったに起らないが一回起ると大変な被害になるということです。
 本当の怖さは、めったに起きないが、起きたときには大災害になることを忘れているということです。
 この50年程は、図に示すように地震による人的被害はほとんど何もなかった、ほとんどが風水害でした。
 しかし一度起るとこのように6千人が亡くなるという怖さを頭に入れておいてもらわないといけない、本当の地震の怖さはここなんです。風水害は毎年のようにありますので、それに対する備えをしています。台風が来るからというとその備えをしますが、地震に対する備えはしないでしょう、それはめったにないからです。

一度起こると被害は大きい
 しかし、一回来ると大変です。どれだけ大変か数字でごらんにいれましょう。交通事故で死ぬ人は毎年9千人位でしょうし、人口は1億1千万人ですから、1年間に約1万人に1人が命を失っているという計算になります。これは、日本中どこもほぼ一緒です、これだけのリスクを皆さん外へ出られたら負っている訳です。

 一方、東京での地震の話をしますと、1923年に関東大震災がありましたが、被害の大きいところでは、100人に3人が命を失っています、東京であのような地震が起るのは約300年に1回の割で、1年当りに直すと、1万分の1なのです。

どうでしょうか。神戸の地震について言いますと、6千人亡くなったといっても、6千人を60万人住んでいたところで割り算するか、10万人住んでいたところで割り算するのか、難しいところなんですが、被害の大きいところであれば10万人ということで、オーダーは1万分の1という割合になり、被害の程度は関東大震災の場合とほぼ同じなのです。

 交通事故で命を亡くしたという人は、皆様方の周りにもいると思われます。私自身も親類縁者の中で2人が交通事故で命を落としています。しかし、地震で亡くなったという人は多分いないと思いますが、長い時間を何百年間にならしてしまうと、どちらも割合はほぼ同じなのです。


人や物があるから被害が大きくなる
 先程、地震がなぜ怖いかということを言いました。砂漠では地震の被害はありませんが、地震は起こります。地震が起るのは、地球上の物理的な出来事で起こるわけですから、人間が住んでいない砂漠でも起るわけです。同じ大きさの地震は砂漠でも神戸でも起ります。
 要するに、災害になるのは人や物があるから災害になるのです。言い換えると人や物があればあるほど被害は大きくなると言うことです。
 従って、人や物がたくさん集まっているところは、余分に備えをしなければならないということです。田んぼの中の一軒家であると、そんなに備えはいりませんし、通勤に電車もいらないし、燃料は山へ行ったらまかなえるから、そんなに備えはいりません。
 しかし都会に住んでいると、そういうわけにはいかなくて、水も来ない、ガスも来ないといったら生きていることすら出来ません。都市にいる人は田舎にいる人に比べ、余分に備えをしなければならないと言うことです。
 

地震についての三つの誤解
 次は、地震についての、三つの誤解と言うことで、お話をしたいと思います。
 地震について間違った考え方をしたり、間違った情報を得ているのではないかと思われます。すなわち、第一は大地震が起こってもめったに死ぬことはない、ということです。神戸の地震が起る前までは、多くの人がそう考えていたのではないかと思われます。

 第二には地震はめったに起らないと思っていることです。関西の人は、大地震はめったに起るものではないし、地震が起るとすれば関東だと思っていたのが神戸で起ったから、今度は関東と思っているらしいのですが、それも大きな間違いです。神戸では地震のエネルギーも放出されたことから、しばらくは起らないと思いますが、その近辺、すなわち大阪や京都では、近い将来、間違いなく起るでしょう。地震というものは、起り出したら立続けに起るものなんです。自然がやっていることですから偏るのです。
 第三は地震予知に関しての間違った考えです。地震の予知について、国が施策をいろいろやってくれているので、日本のどこの地震も予知してくれると思っているでしょうが、これも

間違いです。三つとも間違いです。そう思っておられるのなら、今日から頭を切り換えて頂かなければなりません。
 何故、皆さんがそのように思うようになったかといいますと、イラン、インド、トルコで起った地震でも、1千人、1万人、2万5千人とたくさんの人が亡くなりました。ところが、日本の地震だと釧路沖、三
陸沖、北海道東部沖の地震でもで死者は2人とか0人、こんな程度です。だから、日本でマグニチュードが7.8とか、8.1とかの地震が起ると、マスコミが巨大地震起る! 北海道で死者0人、三陸沖で死者2人ということになるから、日本では巨大地震が起っても大丈夫、人は死なないということになるのです。これは間違いなのです。
 にもかかわらず、阪神大震災では、マグニチュード7.2で6千200人が亡くなった。何故なのか?、その違いは何なのか?



巨大地震でも遠ければ被害は小さい
 日本で起る巨大地震では、死者2とか0とかということですが、幸いなことにこれらの地震は海岸から遠く離れた場所、時によっては100Kmも離れたところで起っているのです。地震は遠くで起れば大したことはないのです。M7.8の巨大地震も遠くで起ったから大したことではなかったのです。しかし、神戸の地震はこれらの地震と較べると規模は一桁小さいが、人の住んでいる処の真下で起ったから大変だったのです。


 要するに、距離の問題です。地震では人は死なないというのは、遠くで起ってくれたので死ななかっただけなのです。神戸の地震は人が住んでいるところで起ったのでそういう訳にはいかなかったのです。こういう間違いを生じるような報道をテレビや新聞がするからであり、私達は困ったことだと思っています。 巨大地震が起った、しかし、遠かったから人は死にませんでした、と言ってもらわなければなりません。遠かったからという説明を入れてもらったら、では「近かったら大変ですよ」ということになるのです。
 先程述べたように、東北や関東では陸から離れたところで地震が起っていますが、日本列島はアジア大陸と一緒に厚さ100Km程度の厚い岩の板の上に列島が乗っているのです。この板がアジアプレートであって、これに向かって東の太平洋の方から厚い岩の板がどんどん押し寄せていて、それが日本列島の下に潜り込んでいるのです。潜り込むときに岩と岩がこすれて地震が起っているのです。フィリピンの方からもプレートが北に向かって進んできており、これが土佐沖でアジアプレートの下に潜り込んでおり、ここでも巨大地震が起っているのです。ところが神戸で起った地震は、そういうことで起った地震ではなくて、どんどん押されている日本列島の中で起った地震なのです、少し地震のタイプがちがいます。


地震はめったに起らないというのは間違い
 今度は、地震はめったに起らないという間違いです。何故、間違いかと申しますと、神戸で地震が起る前の50年間に、近畿地方で大きな地震、すなわちマグニチュード6を超える地震が起ったのは次の図にあるように2回しかありません。過去50年間に地震があまり起らなかったので地震はめったに起らないと多くの人々は思っているのですが、ところがそうではありません。

 今から50年前のさらにその前の50年間、1900年〜1950年までの間には、多くの地震が起っています。近畿地方だけでも次の図に示されているように何度も起っているのです。
 要するに皆様方は最近の50年間しか頭にないので、地震は滅多にないと思っている訳です。100年生きている人であるならば、そうは言わないと思います。人間に寿命が200年あったなら、「最近の50年は地震はあまり無いな、 しかしその前の50年は多かったなあ」とそういっている筈なんです。

 このように、地震は満遍なく起るのではなく、かたまって起るものなのです。自然現象が関わることで、ものごとが満遍なく起るということは決してないのです。皆さんが勝手読みをしているだけなのです。だから神戸で起ったから、関西地方では、しばらくは起らないと言うことは間違いなのです。神戸で起った地震は、これから次々に起る地震のさきがけだと思わざるをえないのです、私はそう思っております。皆様方もそう思いませんか?
 紫式部の時代からの古文書をひもとき、京都の地震を調べている人によれば、千人以上の死者が出るような地震が50年間も無かったこと歴史的にも珍しいことなのだそうです。
 戦後50年間、日本は追いつけ、追い越せで経済成長を目指して頑張ってきましたが、
その間に大きな地震が無かったのは本当にラッキーだったと思われます。このことを忘れて、地震はめったにないと言うことは間違いなのです。

 地震予知はできる?
 次に、地震は予知されるだろうと言うことですが、これも間違いです、地震予知をしようと、国が30数年間、数千億円をかけてやってきましたが、対象となっているのは東海沖、南関東の二つの地震だけを予知しようとしてお金をかけているのです。他のところは地震予知の対象とはなっていないのです。大学の人達が観測、研究体制を組んで、地震の前兆を調べる基礎的な研究はいろいろな地域で行っていますが、地震がいつ起るか、という予知をやろうとしているのは東海と南関東の二ヶ所だけなのです。
 神戸の地震の時にも、その少し前に猪川あたりで群発地震が起りました。これが起るとテレビが地震の専門家を呼んできて、大きな地震につながるでしょうか?と聞くんですね、そうするとこれは心配ないですよ、と答えるのです。神戸の地震と猪川の地震とが直接関係がなかっただろうから、そ
れはそれでいいのですが、そういう話をする人は、地震予知連絡会の関係者ですから、詳しいことを知らない人は、地震予知連絡会に関係する専門家が言っているのであれば、猪川付近の地震予知もやってくれているだろうと思うわけです。それは間違いです。マスコミの報道が正確でないからです。地震予知が行われたとしても、それは東海地震と南関東の地震だけなのです。さらに地震予知とは、いつ、どこで、どのくらいの地震が起るかを前もって知ることでして地震予知に関わる研究者が一生懸命やっているのは「いつ」ということです。ところが現時点では、このことは国としては不可能に近いということを認めてしまっているのです。だから地震予知だけに頼らないで、地震防災にも重点を置こうと4年程前に国が決めたのです。
 しかし、それにもかかわらず地震予知の研究は基礎的研究として続いています。
 アメリカは、その2.3年前に地震予知はどうしても使いものにならないということで、国としてはもうしないということを決めてしまい、研究はしていないのです。

アメリカは日本よりもそういうことを峻別してしまい、もうやっていませんが、日本は若干引きずっています。日本とアメリカは、地震工学については世界のトップをいっていますが、二つの国とも地震予知だけに頼っている訳には行かないということで、起ったときにどうするか、どう備えるか、その方に重点を置くようになっています。

地震予知の効果
 だから、あまり地震予知を頼りにされてはだめですよ、ということになってきています。もしも地震予知が行われたとしても、人命の損失を防ぐということには大変役に立つが、3ヶ月後に起ると言っても何の役にも立ちません、じっとして待っているわけには行かないからです。東海道沿線には、新幹線、名神の大動脈があり、その地域の経済活動が1日止まったら7千500億円の損失がありますから、たとえば一週間も前から予告をすることなど、とてもこわくて言えない訳です。どんなに予知技術が進んでも結局ごく短い時間でないと役に立ちません。
 一方、建物を丈夫にしようと思っても、1〜2時間前に言われてもどうしようもな
いのです。 一日前に言われても役に立ちません。3日後に地震が起こりますよ、と言われても大工さんは自分の家の手当てに忙しくて来てもらえないでしょう。3年程前に言ってもらえるなら役に立つかも知れません。そうなると、逆に3年先ということになれば、いいかかげんなことを言っているな、ということになってしまいます。
 どちらにしても地震予知は難しいです。私は、近頃は地震予知の三原則の一つである「いつ」であるということは言ってもらわなくて良いと思っています。その代わり、「どこ」で「どの位の規模」の地震が起こるということを言ってくれれば、工学の人間はそれに備える手だてをしましょう、「いつ」ということは忘れようということを、神戸の地震から考え始めたのです。

何処で、どの位は可能
 それでは、何処で、どの位の地震ということは可能なのでしょうか。それは出来ます。何時というのは難しいが、何処で、どれ位ということはそれ程難しいことではありません。神戸の地震がいい例です。近畿地方は全体として東西に押され、南北には引っ張られるような力を受けています。そのせいで年中ちょこちょこと小さい地震が起こっている中で、地震が全然起こらない、いわゆる地震の空白地帯があります。そこだけ地震が起っていない、ということは全体としては常に力を受けて、部分的には小さな地震でひずみが解消されている中で、空白地帯だけはひずみが解放されないで、くっつい
たままであるということは、いつかはひとまとめになって動いて地震を発生する可能性が高いことを意味しています。この危険な空白地帯のことが、神戸の地震の前に出た論文に書かれているのです。この論文には、いつ地震が起るということは書いてないのです。だから誰も注目しなかったのです。けれども何時ということは忘れよう、何時かは動くのですよということになると、この空白地帯の近くでは地震に対する備えをしなければならない、ということになるのです。私の考えは、それでいいじゃないか、「いつ」ということではなく、「何処」で、「どの位」でいいじゃないかと言うことです。

活断層による地震の起る確率を表すのは不可能
 地震の起りやすさを確率で表すことがありますが、これはなかなか難しいことです。花折断層はいつかは動くのだけど、それは明日かも知れないし、100年先かも知れない。それは地震予知をしようとしているわけではないから、確たることは言えないけど、専門家は数十年内に起こる可能性はあると言います。これは有史以来の地震来歴に基づいているのですが、これを確率で表すわけには行かないのです。何故ならば、内陸の断層を横切って深い溝を掘って、数千年前のことを調べても高々数回動いた痕跡が見えるだけです。高々数回の来歴から確率を計算するわけには行かないのです。無理に確率で表したとして、これから1年以内に動く確率と言ったら、これは1万分の1にもならないので誰も耳を貸さないと思います。
 天気予報で、今日の雨の確率10%と言っても傘を持って出ないでしょう。30%なら傘を持っていくかも知れないが、10%なら持っていかない。地震の起る確率を1年以内と言えば1%には絶対に達しない。50年以内と言ってせいぜい数パーセントでしかない。これでは誰も地震に注意しようなどとは考えない。地震学者や政府関係者の中にも地震の確率を天気予報のように確率で表そうという人がいますが、私は反対です。地震の発生の危険性を確率で表すと、皆さんはそれを安心情報にしてしまうのです。天気予報の情報が行き渡り過ぎているので、どうしてもそれと比較してしまうのです。

地震と交通事故のどっちが怖い?
 次は、テーマを変えて断層の話に入ります。神戸の地震で得た教訓の中で、技術に関わることについて申しますと、我々は内陸の活断層を少し甘く見てきたのではないかと反省しています。6千人の人命が震度7という揺れを伴った地域で亡くなったのです。

 6千人といっても、毎年交通事故で1万人が亡くなっているのがわが国の現状なのだから 50年に1回くらい6千人が亡くなったからといって、騒ぐ必要はないではないかと言う人もいます。理屈ではそうですが、両者には大きな違いがあるわけです。交通事故では人口が1億人で死者が1万人ですから、1万分の1のリスクを負っているわけでして、小さな子供でも道路を渡るときには周囲を見渡しますよ。交通事故は怖い、危険性があるということ、道路で事故に合うと死んでしまうということが、いつも、どこか頭の隅にあるのです。その危険性を予め知っているのです。
だが、神戸でなくなった6千人の人はそんなことは夢にも思っていなかったのです。前の晩の寝る前に、明日の朝自分が死んでいるということは絶対に思っていないですね、そこの違いは大きい訳です。交通事故は覚悟をしているが、地震は全くそんなことはない訳で、わずか10秒間で死んでしまったのであり、覚悟していることと、していないことの違いは非 常に大きいと私は思うのです。

プレート間地震と内陸型地震
 海岸から遠く離れた海洋底で起った地震をプレート間地震といい、神戸のように、人が住んでいるところで起った地震を内陸地震と言います。このような内陸地震のマグニチュードは7前後のことが多いのです。マグニチュード7と8とではエネルギーが30倍違いますが、プレート間地震あるいは海洋底で起る巨大地震ではマグニチュードは8に達して、地震の規模は非常に大きくサイズは100kmを超えることもあります。
 内陸で起る地震はサイズとしては小さいが、人の住んでいるすぐ近くで起るから被害が大きく、
多くの人命が失われます。ですから東海沖や南海道の巨大地震だけを恐れるのではなく、我々が住んでいる内陸の地震についてもっと考えなければならないと言うことです。プレート間の地震と内陸の活断層による地震の両方を考えなければならないということです。
 では、これまで私共、技術の関係者が内陸の活断層を考えなかったのかと言うと決してそうではなく、考えてきました。考え方も間違っていたとは思いません。たとえば、大きな橋を造る場合、海岸線から離れた
ところでの巨大地震の影響があると考える場合には、プレート間の巨大地震と内陸のやや小さい地震の両方の影響を考えています。図では、赤いのがプレート間地震であり、緑が内陸の地震です。赤いのは100年から120年に一回動くわけです。ところが青い内陸の地震は500年から1千年、場合によっては2千年〜5千年に一回しか動かないのです。これまで考えてきたやり方では、地面の揺れの強さというのは、一つの地震の起る確率と、一回起った時の揺れの強さとを掛け算して決まるわけで、この考え方は間違っていません。そうしますと内陸で起きる地震の影響は、土佐沖でおきる地震の影響とは一桁小さいものになるのです。そのかわり近くで起きますので、近辺でのその揺れは大きい。 
 結局、地震の起きる確率が関わりますから、内陸の活断層による地震の確率は非常に小さいから、結局は、内陸の地震の影響はすっ飛んでしまい、プレート間の地震の影響しか残らないということになるのです。私共はそういう考え方はやめよう、地震の起る確率はやめよう、活動する可能性が無いとはっきりしているもの以外は確率1.0、どれも起ることを前提として対策を立てようと考えているのです。

地震防災と活断層
 そのかわり、ある断層が動いた場合、それによる地震動に基づいて、町や人、建物や施設にどのような影響を与えるか考えましょう、考え方をこれまでとは変えようということを言っているのです。

 そして、地震防災や地震災害に関わる研究ならびに技術の分野は、だんだんにその方向に進んでいます。
 神戸の地震の翌年、大阪府から社会基盤の地震に対する安全性の見直しを頼まれたときに、これまでの地震防災の基本的な考え方をまるっきり変えました。すなわち、上町断層、生駒断層、高槻有馬構造線、中央構造線、これら一つ一つの断層の活動の可能性は問わないで、これらの活断層のそれぞれが動いたときにどうなるか、地震の影響を考えるべき項目全部について全て調べたのです。これ以前は内陸の活断層の影響を考えてはいたけれど、その影響は先ほどお話ししたように、きわめて小さいという結果になっていたのです。そういう考え方、すなわち活断層の影響を小さく見積もるような考え方は止めることにしたのです。
 では、活断層が動いたときの地面の揺れをどうして知ることが出来るのかということが問題になります。今日では、研究や技術が発達して、どの断層を検討の対象とするかを決めると、断層がどう壊れていくかということが大体推測できます。その壊れ方を計算機の中でシュミレーションすると、どれだけ離れたところで、どれだけ揺れるかを計算機で算定することができます。
 大阪のまちの真下には上町断層がありますが、大阪城が上町断層の一番北の端です。 この台地のすぐ西側辺りでは、岩盤が落ち込んでおり、岩盤の深さが縦にずれているのです。上町台地付近では地表面から200m程で岩盤が出てくるのですが、上町台地のすぐ西側は1千mでやっと岩盤が出てくるのです。要するに800m程の差があります。それ程大きな断層が上町台地の下に隠れているのです。


京都の活断層
 では、京都の活断層はどうなっているかということですが、京都は断層で出来た町なのです。京都に住んでいる限り、断層から逃れられません。もう諦めて下さい、どうしようもないのです。京大工学部が吉田から桂の方へ移転します。大学の学部長の会議で、京都大学は花折断層のすぐそばだ
から地震対策をしておく必要があることを話しました。なぜならば、吉田山のすぐ西側を花折断層が通っているのです。吉田山のすぐ西と言うことは、京大の東ということになります、時計台と200mしか離れていないことになります、だから非常に危険ですから、その対策が必要ですよと、総長以下学部長がいる会議で説明したのです。
 そうしますと、「工学部が西山に移転するのは地震がこわいので逃げ出すんだろう」と冗談で言った人がいましたが、移転先の西山にも樫原断層が待っているのです、どこへ行っても京都はだめなのです、と言ったら大笑いになりました。宇治川にも地表面に現れていない断層が今年になって見つかり、宇治川断層と名付けました。京都は東西南北どこへ行っても断層に囲まれているのです。

 さて、いよいよ、花折断層ですが、上高野小学校からは、まあ500mから600m程ですか、これが動いたら避けようがないです。誤解がないように言っておきたいのですが、断層のすぐそばだからと言って、怖いということではありません。500mでも、1Km、2Kmも土地の揺れはほぼ同じなのです。近いからよけい怖いということで、数Km離れているから大丈夫だということはありません。

 何故かと言いますと、断層の深さは20Km位ですが、20Kmの真ん中当たりに地震のエネルギーが集中しているとしますと、10Km以上離れたら話しは別ですが、5Km位ならば断層のそばでも、離れていてもエネルギーの中心からの距離は似たようなものですから、地震の影響はほとんど同じなのです。従って自分の家は花折断層に近いから損だと思う必要はありません。
 京都市の地域防災計画では、内陸の活断層については、今までは十分な配慮はしていなかったのですが、国の補助事業により、樫原断層や花折断層についての詳しい資料が集まってきました。また、京都盆地の地下構造も国の補助事業として、京都市が随分詳細な調査をしています。 この図は調査の結果得られた京都盆地の南北断面ですが、右のほうが北山通りで、左が向島あたりです。左のほうに地盤のずれが見えますが、これが宇治川断層であり、これも今年度の調査で始めて分ったのです。そこで、花折断層や樫原断層が動いたら、京都盆地はどのように揺れるのかについて検討をすることになっています。
 すなわち、コンピューターの中に断層や地盤についての詳細なモデルを作り、たとえば花折断層が動いたら、京都の町のどこで、どれだけ揺れるかというのを来年には検討を始める計画をしています。そして、その結果は必ず皆様方のところへも届くはずです。


 文化財と地震火災
 次に、文化財の話しに移りますが、神戸の地震の後、京都市の防災会議があり、その時の報告の中で、次のようなことが私の耳に残りました。 すなわち、京都市全体としての被害は軽微なものでしたが、二つのお寺で消火機能が失われたという報告でした。それは仁和寺と醍醐のお寺なのですが、仁和寺では裏山に大きな貯水タンクを造って、そこからパイプで水を引っぱって消火するという設備を持っているのですが、その消火設備が神戸の地震で壊れてしまったと言うことです。これは困るのではないか、京都で地震が起ったらどうなるのかということです。  
これがこのテーマに病みつきになった理由です。私はこのような分野の研究をしている者

ですので、京都で同じような地震が起ったらどうなるか、およその見当がつきます。こういう設備を、今ではほとんどのお寺で持っていますが、それは自分のお寺の、例えば庫裏から出た火が本堂などに燃え拡がらないための設備なのです。これが壊れたのです。それでだいじょうぶかということです。
この問題を考える前に、国宝や重文が日本中のどこに、どれだけあるかということを見てみましょう。図に示すように、国宝の数は近畿地方に集中しています。東京は重要な物は建造物ではなく美術工芸品であり、ほとんどすべて耐火構造物で耐震性のしっかりした収蔵庫に入っているわけで、そういう意味では火に対して安全性が高い。

 奈良は、法隆寺、興福寺等、多くの建造物や文化財がありますが、京都のように町の中にあるのではなく、斑鳩や飛鳥といったように散らばっています。京都だけが東西 南北10KmX10Kmという狭い中に集中的にあるわけです。
 これをもう少し詳しく、市ごとにいいますと、人口10万人当たりの割合では、京都市は圧倒的に多い。奈良市となると全然少なくなります。人口密度で表しますと奈良、東京に比べ京都は圧倒的に高いのです。
 京都には世界遺産に指定されている神社仏閣が14もあり、それらが大変狭い地域に密集しているのです。要するに、圧倒的に密度が高いのです。

 こんな状況にあるところで、地震に続いて火が出たらどうなるかと言うことを想像してみて下さい。ぞっとします。こんな美しい町、京都に我々は住んでおれて大変幸せなことですが、もし京都の町に地震が起ったらどうなるかと言うことですね、ここにおられる皆さん、次に出てくる言葉を考えて下さい、何でしょうか? 火災! おっしゃるとおり火の海です。間違いなく火の海です。火の海になれば残るのは灰の山です。それを想像したらぞっとしませんか?

京都は木造家屋が多い
 私が申し上げたいことはここなのです。神戸と京都の決定的な違いは何かというと木造家屋の割合です。
戦前からの木造家屋の割合を比較しますと、神戸は7%程度ですが、京都市はならして16%です。特に東山区はその倍になっています。というと神戸に比べて4倍ですか。それだけ京都の町は、古い家屋が残っているわけです。
 一度火がついたら手をつけられない状況があります。なぜなら、古くからの狭い路地が多いため、消防車が来ても入れないところが多いのです。

 先程から京都の神社仏閣は消火設備を持っていると言いましたが、これは国宝や重文を持っていれば、国の補助がありますので、たいていのところは備わっているようです。しかし、決定的な問題は、それらは自分の境内のどこかから火が出たときに、拡がらないようにすることが基本的に考えられています。
 先日、千本釈迦堂を見てきたのですが、地面の下に200トンの防火水槽を持っており、火が出たときにはポンプで本堂に向かって、水をかけるようになっています。30分位はもちますが、それが地震の時には駄目なのです。

 何故なのか。地震の時、私が心配しているのは、町から火が出ると言うことです。そしてその火はお寺などへ向かって外から押し寄せてくるということです。だから水を内へ向かってかけるのではなく、外へ向かってかける必要があるのですが、それが出来ない。それが決定的な問題なのです。また、20分〜30分は頑張って水を掛ける、30分頑張れば京都市の消防車が来てくれるということを設計の基本にしているのです。
 でも、地震の時には来てくれるわけがないのです。いろんなところで同時多発的に火災が起こっており、火が燃えているし、道路が通れなくなり、消防車は来てくれないのです。30分だけ自分で頑張って消火しておればいいと言う考え方は駄目なのです。

今までの防火設備でよいのか
 地震の後の火災を考えるなら、今までの火災設備、防火設備ではまるっきり役に立たないのです。そこのところに気がついていないところが問題なのです。

 神戸はベルト状でしたので、火災が起こっても面的にはそんなに拡がらなかったのかも知れませんが、京都は間違いなく、1948年に福井で起こった地震の後のように焼け野原になるでしょう。その中に千年来の文化財がたくさん埋もれているのです。
 先程の千本釈迦堂はお金がないお寺で、国からの予算で、筒先が本堂に向かっている消火設備を設置しているのですが、その本堂は応仁の乱でも燃えなかったのです。京都は応仁の乱でほとんど焼けましたが千本釈迦堂は残りました。大地震によって、町が火の海になったら、中には残るものもあるでしょうが、大方の物はたぶん焼けてしまいます。 同じ事を繰り返してもいいのですかと言いたいのです。

文明と文化の違い
 広隆寺にある弥勒菩薩は7世紀の木彫りで、これを地震の時に倒れ壊れないようにということで免震装置を国の補助で付けましたが、私に言わせれば、木彫りはこわれてしまっても拾い集めれば、今の技術では元に戻せます。だけど燃えたらどうしようもありません。灰になってしまうだけです。ですから、ひっくり返らない装置よりも火災防止の装置の方が先ではないかと思うわけです。

 神戸の地震の後の復興は文化の復興、近代的な文明の復興ということになります。文明 には普遍性がありますから、神戸にある文明というのはアメリカにもある、ヨーロッパにもある。京都にも同じような文明はあります。
 しかし、文化というものは復興できない、文化というものは決して普遍的なものではありません。復興できないものとしたら、その手だてはそう言う事態が起こらないようにするしかありません。それは現在の我々の責務ではないかと私は思うわけです。


恥ずかしくないですか
 戦争が終わる前には、多くの都市が空襲にあいましたが、京都と奈良は爆撃を
受けませんでした。あの町には、日本の人々にとって、あるいは人類にとって大切な物があるから燃やさないようにしようと対戦国でさえ爆撃しなかったのです。それを私共が何もせず燃やしてしまったのでは、世界の人々に恥ずかしくないのかと言うことが私の言い分なのです。今の日本人というのは、自分たちの暮らしさえ豊かであればいい、ということで良いのでしようか? 今の日本人よりも400年、1千年前の日本人の方が、もっと心が豊かだったと言われたときに、返す言葉が無いのではないかと私は思うのでが、皆様方はいかがでございますか?では、京都に地震の起こる可能性はあるのか、脅かしているのではないかと言われるかも知れませんが、西暦800年から今まで1200年間で、京都だけで震度6以上の地震がどれだけ起こったかを、この図は示しています。最後に起こったのは1830年で、170年前です。この図を見たとき、これから先、50年、100年、大丈夫だと思いますか。私はそうは思いません。皆さんも同じようにお思いでしょう。だったら急いで対策を立てねば間に合いません。

地震から文化財を守るには
 地震火災から文化財を守ることは可能なのかというと、可能ですと言えます。いろいろなアイデアがありますが、例えば文化財を水のカーテンで包んでしまうという方法です。
 すなわち、琵琶湖疎水の水は九条山に着きます、九条山は蹴上げにあって、京都を一望できます。ここから必要なところに上水道とは別の耐震性のあるパイプで水を引き、この水を使って、守るべき文化財を擁する建造物を水のカーテンで包むという方法です。バルブを開いて水のカーテンを作る、要するに境内の中からの火ではなく外からの火がおよばないようにしようということです。地震の直後は電気は使えないので、九条山とそれぞれの地点の落差を使って、人間の手でバルブを開いて、水のカーテンを作るのです。一番原始的な方法が地震後のような状況では頼りになります。

 ころで、疎水の水を利用しようというのは私のアイデアと思っておりましたら、実は100年前にあったのです。琵琶湖疎水が出来たのは約100年前ですが、その時、フランスから輸入した鉄パイプで、東本願寺に九条山から水を引いているのです。祇園の下を潜り、鴨川の下を潜り、東本願寺に水を引いているのです。その水で通水式をやっているのです。100年前ですよ、自分が考え出したと思っていたものが、100年前に既に出来ていたのです。東本願寺前の烏丸通り、東本願寺の前で道が二手に分かれていますが、その真ん中に噴水があります、その噴水は今も使っていますが、その水は九条山から引っぱっている水なのですその水を消火や防火に使っているのです。私は、テレビ局の人を連れて行って、東本願寺にお願いして、この噴水を出してもらいました。
 もう時間がきてしまいましたので、そろそろ終らなければなりませんが、いろいろ技術的なことも検討しておりまして、決して絵空事を言っている訳ではございません。
 京都は水の豊富なところですから、疎水の水だけに頼るという事ではなく、西は西でその方面の水を活用すればよいことなのです。堀川は現在、水は枯れていますが、京都市も水を流そうと考えているようですし、鴨川の水も使えるでしょう。

 清水寺あたりは、地下にタンクを作るのが一番よいだろうと言うのが、私達の技術的な検討の結果です。産寧坂は東山に向かっての坂道ですね。東山通りで火が出れば、登り窯のように火は両側の民家をなめながらあっという間に登ってくるでしょう。そして、その勢いが清水寺に影響を及ぼすかもしれません。だからこの地域には観光バスなどの駐車場の地下に巨大なタンクを作り、タンクの水で延焼を防ごうということです。
サンフランシスコでは1906年に大火があり、それを教訓に1912年までの5年間かけて、水道水とは別のパイプシステムを造っているのです。街の真ん中のツインピークスという小高い丘の下にタンクを設け、ここから街中に消火専用のパイプ網を張り巡らしたのです。
 およそ100年前にです。100年前のサンフランシスコには特別のものがあるわけではありません。今だって観光の名所しか有りません。文化財的な物は多くはありません。それでもサンフランシスコでは消火用の水のネットワークを作ったのです。100年前にサンフランシスコで出来たものが、今の京都になぜ出来ないのでしょうか?出来ないわけはないのです

やる気になろう
 要するに、日本には目的を達成するための技術はある。お金はどうでしょうか。京都で消火専用の水道網を作るとしたら、1千億から2千億のお金がいるでしょう。一つの銀行に何千億ものお金をつぎ込むこともあるようですが、それだけあれば京都が強い地震に襲われても、文化財を地震火災から守って、世界中に恥ずかしい思いをせずに済むのです。住専が問題になったとき、国は6千億円をつぎ込みました。それでもつぶれてしまい、そのお金は捨てたと同じ事になってしまいました。それを京都にまわしてくれていたら、万が一の時にも恥ずかしい思いをする必要もないのです。
 ですから、お金もあります。日本
人一人当たり2千円です。技術もあり、お金もある。無いのは何でしょうか?やる気だけです。それさえあれば出来るのです。やる気さえ出せば、事は簡単です。そして、京都だけではなく、奈良や鎌倉でもやる必要があります。文化財の密度を考えれば、資金を投ずることの効率から考えて、京都が最初です。 そういう政治判断を国の責任においてやりましょうということです。そのためには多くの人に理解をしてもらう必要があります。そうするとメディアが取り上げ、その結果、多くの人が理解することになり、そして国もやりましょうということになります。
 このように、私どもの考えを実現するためには、多くの人々に知ってもらうことが必要であり、そのために、私達は3年程前に作家の小松左京さんを会長として協議会を作りました。 資料を持って来て、お手元にお届けして御座いますので、のち程、それを見て頂ければ幸いと思っております。

 今年(2000年)の10月に、京都でシンポジュウムを行う予定ですので、お越しいただいたらと思っています。瀬戸内寂聴さんには副会長をお願いしていますが、3年前に協議会を立ち上げたときにはご講演して頂きました。
 このようなシンポジュウムをこれまでにも、初回を京都で開き、その後、大阪、東京で開催して、また京都に戻ってきましたので、お揃いでお越し下されば幸いでございます。
 本日はどうもご静聴有り難うございました。